政経研究会・えん
えん・アーカイブ
前回(4/19)は、今や日本の外交問題の中心になった観のある中華人民共和国について、現在のベストセラーから考える会になりました。
まずレポーターの小林さんからいただいた広告文を掲げます。
【引用開始】
現代の国際政治、なかでも対中外交の現場を真正面から扱う本を読む機会は、あまり多くなかったように思います。一方で、現在進行形で起きている諸々の出来事を挙げるまでもなく、今日の日本にとっては、安全保障、経済、サプライチェーン、言論・人権といったほとんどあらゆるテーマで、中国を抜きにものを考えることが難しくなっています。
そうした状況のなかで今回取り上げるのが、知中派外交官として“唯一無二”とも言われる垂秀夫氏による回顧録『日中外交秘録 垂秀夫駐中国大使の闘い』(文藝春秋、2025年)です。外務省入省以来、約40年にわたって対中外交の渦中に身を置き、最後は駐中国大使として「中国が最も警戒する日本の外交官」とまで呼ばれた著者が、裏チャンネルの人脈づくりから、尖閣危機、香港・台湾情勢、最近の「戦狼外交」への応酬にいたるまで、自身の経験をかなり赤裸々に語っています。
ただ、そのまま痛快な武勇伝として読み流してしまうと、本書の一番おもしろいところを取り逃がしてしまう気もしています。日本外交の現場が、どのような前提・問題意識のもとで中国と向き合ってきたのか。中国側の権力構造や国内事情をどう読もうとしてきたのか。あるいは、著者自身の視野の強みと限界はどこにあるのか。こうした点を手がかりにしながら、日本から見た中国と中国から見た日本のあいだに横たわる認識ギャップを、少しでも具体的に掘り下げてみたいと考えています。そこには、対台湾観・対香港観、および一筋縄ではいかない双方の国内世論状況等についての考察も含まれており、これは自身の在外キャリアのほぼすべてを中・台・香で過ごした垂氏だからこその独自の視点だと感じるところです。加えて、その視線は対外にとどまらず、世論からも批判的な文脈で語られることの多い、自身の所属する外務省チャイナスクールの事大主義的・受動的傾向にも向けられています。
できれば通読していただくのが望ましいのですが、大著であり口述筆記ということもあって繰り返しの内容も少なくありません。当日は、とくに、①著者の若手時代から現在に至るキャリアの流れ、②中国側との非公式チャネルの作り方とリスク、③尖閣・台湾・香港をめぐる危機認識と日本外交の判断、④レジームチェンジの傾向が加速する第三次習近平体制とその後に関する推察、といった論点を中心に、議論の素材を提供できればと考えています。あわせて、本書でもコラム的な章立てになっている第9章ほかで触れられる日中政治家等の人となりについては、箸休め的に取り上げつつ、大いに放談できればと思います。
東アジアの隣国と、これからどのような距離感で付き合っていくのかを考えるうえで、避けて通れない一冊だと感じています。参加される皆さんそれぞれの中国観・外交観とも照らし合わせながら、自由に意見交換させていただき、できれば新たな対東アジア圏の視点を持ち帰っていただければと思います。よろしくお願いします。
【引用終り】
また、会後にまとめてFBに出した私の感想を、長くなりますが、以下に掲げます。
【引用開始】
テキストの決まったその日の午後、Youtubeで垂氏の「二重生活」を報じているのが目に入って、タイミングの良さ(?)に驚いた。同氏が奥さんとは別の、どうやらチャイナ人女性らしき人と家を持っているようだ、という内容だ。これは垂氏のご家族にとっては大きな問題だろうが、件の女性がスパイでない限り、他人には関係ない、たとえ垂氏が今も官僚であったとしても(そうではないわけだが)、というのが私の考えである。
ところが、このような情報が頭に入ってからこの著作を読むと、「これは、いわゆる綺麗ごとなんだろうな」という思いが強くなる。垂氏は「中国が最も恐れる男」と帯にあるが、内容からして、特に対チャイナ強硬派でもなく、チャイナの重大な秘密情報を握っているというわけでもない。
得意分野はいわゆるゴルフ外交と、待合政治(なんて私だって実態はほぼ知らない言葉で、今は接待政治とでもいうのか)で、食事をともにして(年に昼夜合わせて三百回以上自宅以外でチャイナ人と会食したそうな)、親交を深める。文字通りの要人からその側近から将来の要人候補から、バックヤード(裏庭)と呼ばれるいろいろな意味で本流からは外れた人まで。外務省チャイナ・スクールの中でおそらくはトップの人脈を誇る。
それがいわゆる友情によるネットワークだなどとは信じるわけにはいかないが、そういう仲、あるいはそういう時間も皆無だったとしたらこのネットワークは作動しないだろう。そこが人間関係の味なのだが、本筋ではあくまで「日中外交」なので、クールなところを前面に出す。チャイナ人と食事を重ねていくうちに重要な人物とあまり重要ではない人物、換言すると、「月に一度は合うべき人」「年に一、二回会えばいい人」「二度と会わなくてもいい人」の区別は自然につくようになったそうだ。
そこを少し進めて考えれば、親密さだけで情報が取れるわけはない。こちらからも応分の情報を出したり(日本の国益を損なわない範囲なら問題ないわけだが……)、その他表に出せないいろいろがあったろうと推察される。それを全部明らかにしたら非常に面白い本になったろうが、やったら、最悪殺されるまであり得る。例のスキャンダルも、本書がベストセラーになってからだから、あるいは「これ以上は喋るなよ」という警告のためのリークだったのかも……なんて陰謀論は、面白いだけに、ハマる前にやめよう。
本書と、当日のレポーター・小林知行の発表を通じて、日本の対チャイナ関係を改めて考える。歴史的には、中華人民共和国は、毛澤東以来六人の国家の最高指導者(主席)が出てきたが、国の体制の変遷を大つかみに捉えると、①「毛澤東レジーム」②「鄧小平レジーム」③「習近平レジーム」の三つに大別できると言う。
①「革命の父」毛澤東の大躍進政策によって、推計何千万人もの餓死者を出してから、一旦政権の座を退いた毛が、再び権力を奪取するために文化大革命を主導し、これまた推計では一千万人にのぼる死者を出した。国内の大動乱期。
②早くから頭角を現した鄧小平は、そのため毛から警戒されて獄に繋がれたが、毛の目から見てもあまりにも有能だったので、殺害は免れ、毛の死後に国政の中心を担った。国を豊かにすることを最優先した「改革開放」は、一部市場開放し、アメリカを中心とした外国との商業関係も活性化するものだった。ただし、過度の自由化には警戒を緩めず、天安門事件の殺戮も引き起こした。経済発展期。
③国の近代化を目指すが、豊かさより強さが優先。共産党独裁の正当性を打ち立て、さらに不平分子やライバルは仮借なく追い、国外にも「戦狼外交」と呼ばれる強硬な姿勢で臨む。今やその主な対象は日本。
著書の大部を占めるのは、当然、と言うべきか、2012年に始まる③の時期である。13年経って彼の国との仲は緊張を高めるばかり。そこが、チャイナ大使としてキャリアを終えた外交官である垂氏の活躍の場であった。以下に特に私の興味を惹いた部分を挙げておく。
「戦略的互恵関係」という言葉を創ったのは垂氏だそうだ。2023年に習近平と岸田(当時)総理大臣が包括的に推進することを確認したのだが、このコンセプトは元は2006年10月に安倍(第一次)内閣発足直後に安倍が電撃訪中して胡錦涛とした会談用に考え出さされたのだと言う。両国間の価値観の違いや安全保障上の懸案はそれとして、互いの利益の最大化を追求していこうというものだ。
たいへんけっこうなようだが、具体的にはどういうことか。当時は、小泉純一郎の靖國参拝や、尖閣列島へチャイナが海洋調査船を派遣するなどして、対チャイナ関係は最悪の状態にあった。これを双方がやめる。そして、チャイナは日本を「平和愛好国」と認める。当時チャイナでは、日本への抗議デモが頻発して、チャイナ当局は悩まされていたので、これに乗ったものらしい。おかげで、この時出た「日中共同プレス発表」には台湾問題が記されていない。これは異例の事であった。
という説明を読むと、外交の第一線で働く人はたいへんなのだな、と素直に感心する。しかし、「それがどうした」という気持ちも一方で湧いてくる。このときは不問に付されたが、その後チャイナが台湾も尖閣もあきらめていないのは皆が知っている。
また、おかげで安倍晋三は悲願であったはずの靖国参拝を、この時は見送り、第二次政権の最後に一度だけ、やっと実現した。靖國に対する私の意見は自分のブログに書いた通り。垂氏は実務家として、そんな「心の問題」は大したことではない、と考えているらしい。もっとも、チャイナから、「日本は強く言えば従う国だ」と思われるのは得策ではない、とはしているが、どちらかを選べの局面では、「名を捨てて実を取る」方向へどうしても行ってしまう。それがお役人と言うものなのであろう。
尖閣については、垂氏はこれ以外にもなかなか複雑な態度をとっている。習近平が国家主席となった2012年、垂氏の談話をまとめて本書にした城山英巳氏がチャイナ側のある外交文書を入手したと、垂氏に連絡してきた。詳しい内容は本書に直接あたっていただきたいが、それは「釣魚島は古来よりチャイナの領土」とする彼らの主張が、1950年に作られた後付けの論理に過ぎないことを明確に示すものだった。しかし、なぜか、「尖閣諸島は日本の領土」と主張するうえで、内閣官房「領土・主権対策企画調整室」はこの文書を使っていない。垂氏はこの弱腰の現状は「笑止千万」であるとしている。
しかし一方では、「尖閣に公務員を常駐させよ」とする一部保守派の威勢の良い意見は暴論であるとする。それでチャイナが強硬策に出てきたら、具体的には、漁船を装った船に乗せた兵士を上陸させて、尖閣を占拠してしまったら(今ならすぐにできるだろう)、日本には対抗できるほどの軍事力はない。
アメリカはあてにならない。これを垂氏ははっきり言っている。かの国はこれまで何度も、「尖閣は日米安保条約の範囲内」としてはいるのだけれど、この地域に日本の「施政権」を認め、「主権」については曖昧な、「中立」の立場を取り続けている。これは、今後チャイナが尖閣を実行支配したら、かの地は安保条約の範囲から自然に外れることを意味する。
だから今は「戦略的臥薪嘗胆」の時期だ、と垂氏は言う。軍事力に圧倒的な差がある以上、決定的に強い態度には出られないのだから、我慢するしかない、ということだ。大筋ではそうだろう。しかし、どの程度に、か。これは垂氏にも誰にも明確に答えようがない問題である。さらにまた、ではこちらも軍事力の拡充を、と言っても、御存知のような事情で、日本はそう簡単にそっちに舵はきれない。特に、核武装まで視野に入れなければならないとなれば。
最後に、高市発言以来熾火が燻り続けている台湾有事問題については、垂氏は、武力侵攻より、平和的な統一のほうがやっかいだ、と考えている。それはそうだ。台湾住民が北京政府の支配下に入ることを自ら承知したら、アメリカも日本も手の出しようがない。
この本の出版直後の4月7日~12日にかけて、台湾の野党第一党国民党の鄭麗文主席がチャイナを訪問し、ほぼ9年ぶりに習近平との会談を実現した(しかし、国民党って、蒋介石のあの国民党が、今では親中派とは、歴史の流れはまことに奇にして妙なものだ)。さればとて、一朝一夕にそんなことが実現するわけもないが、10年と言わず、50年先の統一を目指して、少しづつ「サイレント・インヴェイジョン」を仕掛けられたら、日米にとってはより厄介に違いない。
チャイナ側から見た障害は、素人考えでは二つ。一つは経済的な問題。台湾は今や世界の上質な半導体の九割を生産している。アメリカが、これほど重要な場所がみすみすチャイナに渡るのを拱手傍観しているとも思えない。この点、尖閣とはわけが違う。それ以外にも、チャイナの沿岸部と台湾の経済的な結びつきは強い。戦争になったらそれがどうなるかわからない、としたら、不況が伝えられるチャイナに、軍事行動を含めて、さほど強行な手段がとれるかどうか。
もう一つは、ネオチャイナ皇帝と呼ばれる習近平の性格だ。五十年先には、彼は多分鬼籍に入っているのではないかと思える。死後に実を結ぶ事業のために営々と努力を重ねる指導者こそ、真に恐るべき対手と言うべきだろう。が、彼はどうもそうではないような。
というわけで、台湾有事については私は楽観しているが、それは脳内お花畑であってもなくても、何しろチャイナというのは今後も困った隣人であり続けるのはまちがいない。いや、かの国に限らず、アメリカもロシアも、地球上の大国はすべて危険な存在だ。特に、今のトランプやプーチンのようなモンスター並みの人物に率いられている状態では、ますますそうだ。
思うに、仲良く、などとは考えず、と言って無関係なんてわけにはいかないので、適当な距離を保つのがよいのではないか。それは、口で言うほど簡単ではないのは当然なので、外交官など、実際の折衝に当たる人のみならず、国民一人一人ができる範囲で心がけていくべきだろうと思う。
【引用終り】
次回は以下の要領で開催予定です。詳細は後日このページに記します。
記
1. レポーター : 河南 邦夫
2. テキスト : 諸富徹『税の日本史』(祥伝社新書)
3. 日 時 : 令和8年8月2日(日) 午後2時~6時
4. 場 所 : ルノアール飯田橋西口店会議室
東京都千代田区富士見2-2-6 今井ビル2F
TEL : 03-5226-6345
飯田橋駅西口より徒歩3分。早稲田通りを左手へ直進、
2つ目の交差点を渡り左手のファミリーマートの上
(下の地図参照)
6. 会 費 : 1,800円(当日徴収)
連絡先:由紀草一 luna2156@mtf.biglobe.ne.jp
